紫の気まぐれ映画日記

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映画『戦場のメリークリスマス』考察レビューまとめ!ただの戦争映画じゃない!映画史に残る名曲と共に紡がれる男たちの美しい物語〈ネタバレ感想あり〉

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ストーリー

1942年、太平洋戦争下のジャワ島。日本軍の捕虜収容所では厳格なエリート士官の所長・ヨノイ大尉、粗暴ながらもどこか憎めない古参のハラ軍曹らのもと、英軍将校ロレンスら数百人の連合軍捕虜が日々を過ごす。ある時、軍律会議に出席したヨノイは、新たに捕虜となった英軍少佐セリアズと出会う。死を覚悟してなお誇りを失わない彼の姿に、ヨノイは不思議と魅せられる。ヨノイは、セリアズを捕虜長へ取り立てようとするが……。

https://www.wowow.co.jp/detail/019504/-/03より引用

 

目次

 

戦場のメリークリスマスを徹底考察レビュー

2023年3月28日、音楽界の巨匠・坂本龍一氏 がこの世を去りました。

彼が生み出した名曲の数々は、音楽に詳しい人でなくても、きっとどこかで耳にした事があるはずです。

ましてや音楽が好きな人や音楽家であれば、皆必ず1度はお世話になった事があるのではないでしょうか?

かく言う私も、実は演奏家の端くれでありまして、坂本氏の曲には随分とお世話になりました。

 

そんな巨匠の訃報を受け、今回私が注目したのは、坂本氏の代表作のひとつ戦場のメリークリスマス

冬の、特に題名通りクリスマスの時期に非常によく耳にするあの曲です。

美しい旋律は力強いけれどどこか切なさや儚さも持ち合わせていて、まさに名曲中の名曲であります。

もちろん私も大好きな曲なので、クリスマスのコンサートなどでは必ずと言っていいほどプログラムに組み込んでいました。

そんなこの曲、名曲が故にひとり歩きしている感もありますが、実はある映画の主題歌でもあります。

それがこの曲と同名の戦場のメリークリスマス(英題:メリークリスマス・ミスターローレンス)』です。

監督は大島渚、日本、英国、オーストラリア、ニュージーランドの合作映画で、出演はデヴィット・ボウイ、北野武(ビートたけし)、そして坂本龍一本人も音楽監督兼役者として出演しているという、今では考えられない様な話題性抜群のトンデモ豪華映画なのです。

作品を観たことがない人でも、あまりに有名すぎるビートたけしのラストの顔アップや、若き日の美しい坂本龍一デヴィッド・ボウイのハグシーンなどは、どこかで見た事があるのではないでしょうか。

かく言う私も、映画の存在は知っていたものの、同名曲には散々お世話になっておきながら、この歳まで映画自体を観たことはありませんでした。

この機会に、この名曲が生まれるきっかけとなった映画を観てみようと思い鑑賞した結果、とても興味深く面白い映画だったので、詳しくレビューしていきたいと思います。

ネタバレなし・ネタバレありの両方でレビューしていますので、映画を観た方も、まだ観ていない方も、どうぞお付き合いくださいませ。

 

戦場のメリークリスマスのネタバレなしレビュー

 

不朽の名曲と役者たちの圧倒的オーラが紡ぐ異色の戦争映画

主題歌の秀逸さはさることながら、とにかく役者、特に主演級の方たちが物凄いです。正直何がそんなに物凄かったのか今でもよく分からないのですが、強いて言うならオーラでしょうか……。

演技力云々より、あの一見地味な(戦争映画ではあるけれども戦闘シーンなどは一切登場せず、また登場人物が全員男性で女性は一切出てこない)映画がこれだけ華やかに、見応えあるものに仕上がっているのは、演者たちのオーラのお陰なのではないかと思うのです。

映画自体は、もうぶっちゃけ、色々本当に分かりづらいんですよ笑。

古い映画なので音響等の問題もあるかもしれないし、誰にでも分かりやすい様な、説明付きの親切設計タイプの映画ではないので仕方ないかもしれませんが……まず、主役級の坂本龍一ビートたけしも、セリフの滑舌が悪い悪い!大体のセリフが何言ってるのか分かりません笑。

そして英題にも組み込まれているキーマン、ローレンス役のトム・コンティこの方の役柄が、日本軍の俘虜だけど日本語を話せるので、他の俘虜と日本軍を繋ぐ役割を果たしている、という設定なのですが、ティム氏は元々日本語が喋れないので、日本語のセリフを音として覚えて、喋っていただけだそうです。なるほど、どおりでセリフがハチャメチャに聞き取りづらいわけです笑。

なので初見ではセリフが聞き取れない事も多く、色々と分かりづらいので「」が浮かぶ事も多かったのですが、何故か見終わった後に感じる謎の満足感。映画が持つ説得力とでも言うのでしょうか。

これは何だろうなと考えた結果、役者陣の圧倒的オーラによるゴリ押しだという考えに至りました笑。

そんなオーラ溢れる映画に、名曲『戦場のメリークリスマス』が加わったなら、もうそれは傑作になるに決まっているのです。

ネタバレありレビューでは、この映画の魅力をさらに考察していきたいと思います!

 

 

戦場のメリークリスマスのネタバレありレビュー

 

私は最初、この映画が描くテーマは、戦争している国の者同士の、宗教や倫理観による相反する思想やすれ違い、そしてその中で生まれる刹那的な歩み寄りだと思っていました。

しかし掘っていくと、いやいやそんな事では終わらない。これは厳粛で、しかしながら実はとてもシンプルな、愛情の物語だったのです。

まずは、その物語を紡ぐ2人の日本軍人に焦点を当ててみたいと思います。

 

主演級の日本人2人が体現した男たちのリアルな生き様

 

まずはこの映画の主役のひとり、坂本龍一演じるヨノイ大尉。

言ってしまうと彼、ヨノイはデヴィッド・ボウイ演じる俘虜のひとりジャック・セリアズに禁断の恋をしてしまうわけです。

しかしこの設定、私は映画終盤セリアズがヨノイの暴走を止めようとしてハグ&キスをした途端、感情が高まり過ぎてぶっ倒れるヨノイを見るまで、全然気が付きませんでした!

と言うのも、セリアズって軍人としてもとても優秀だったらしいので、ヨノイがセリアズを必要以上に気にかけるのは、きっと所長として軍事的利用価値を見出したか、よくて友情的なシンパシーを感じて、友達になりたいのかなー?くらいに思って軽く観ていたのです。

なので終盤のヨノイさんの感情大爆発と、セリアズの遺髪をお盗みになる行動には、大変驚かされました。

私の鑑賞力がなかっただけかもしれませんが……いや、初見で前情報もなく、あんなん分かりづらいわ!

しかし後から調べてみると、どうもヨノイは映画の序盤、立ち会った裁判でセリアズをひと目見た瞬間から、もうすでに一目惚れしてしまっていたらしいです。

確かに坂本氏演じるヨノイさん、セリアズの事見てたけどね!なんとなくボーッと俘虜を見てるだけの様にも見え……ゴホンゴホン。まぁそう分かって2回目を観たら、カット割り含め、確かに熱い視線を送ってる……様にも見えなくもないんですけど笑。

その他にも、おそらく普段から自他共に厳しく律する日本軍人のお手本の様なヨノイが、何故か執拗にセリアズを気にかけて贔屓して、徐々に調子を狂わせていく様は確かに描かれているんですよ。

周りの人がヨノイの様子を見て「最近のヨノイおかしくね?」的な会話をしていたり、部下がヨノイの目を覚まさせる為に命を賭けてセリアズを抹殺しようとしたり、まぁ色々エピソードはあるんですが、それらのヨノイご乱心の原因が恋というには、あまりに描写が曖昧で……ヨノイがセリアズに恋をしている決定的なものって、終盤まではほとんど描かれてなかったと思うんですよ。

まぁ全て分かった今となっては、そんな分かりづらい演出も、真面目で不器用なヨノイを上手く表現していたなと思うのですが。

 

これ、もしヨノイ役がもっと上手い役者さんだったら(失礼で申し訳ない笑)、もっと違っていたかもしれません。

本当に上手い役者さんて、目の演技だけで語ったりしますよね。きっと初めて会ったシーンで見事に恋する大尉を演じて、観客に分かりやすく「これは恋の物語だ!」と伝えられたでしょう。

でも果たして、それがこの映画の正解だったのかと言われると、おそらく違うでしょう。このよく分からない漠然とした、観客に判断を委ねる様な演出こそが、この映画の深みになっていると思うのです。

時代を感じさせる様なメイクを施した坂本龍一は若くて美しいけれど、本当に滑舌が悪く、台詞に抑揚もない。しかしそれがかえってリアルなのです。

真摯な所作と、愚直で無骨なセリフ回し。この不器用さが、まるで素人を映したドキュメンタリーを観ているかの様で、説得力が増してさえいるのです。

これ、上手い役者さんでは決して得られなかった効果です。この映画のキャスティングのほとんどは、当初希望していた役者さん達から二転三転してやっと決まったらしいのですが、もしこの効果を狙って計算してキャスティングを最終決定したのだとしたら、大島渚監督ってとんでもない策士ですよ。

 

そしてもうひとり、ハラ軍曹演じるビートたけし

この人はもうね、何というか、独特過ぎて、存在感がとんでもない。出てるオーラが違いますね。

ご存知の通り、たけし氏って、演技というかセリフ回しとか、決して上手くないんですよ。でも、なんですかね、この圧倒的な存在感。

ハラ軍曹は、戦争映画にありがちなザ・粗暴な日本軍人という感じの人物なんですけど、部下に切腹を迫ったかと思うと、自殺では遺族に恩恵が出ないので、その部下を事故死にしてやろうと画策したり、妙に人情味があって。これってたけし氏が得意とする狂気と人情が入り混じった人物像だと思うんですけど、この映画でもそのたけし氏の演技はいかんなく発揮されているわけです。

そして言わずもがな、有名なあのラストシーンですね。終戦のち、翌日に死刑を控えたハラ軍曹が、会いに来てくれたかつての俘虜、ローレンスに向けて発した最後の言葉。たけし氏が一筋の涙を流しながら、ご尊顔どアップで

『めりぃくりすます。めりぃくりすます、みすたーろーれんす!』

と言い放ち、その後、静かにエンドロールに突入する……。

これ。これですよ。

これで泣かない人、いますかね?笑

おそらくたけし氏、撮影当時は全然英語が喋れなかったんだと思います。映画終盤、演じるハラ軍曹は英語を勉強して、少しだけ喋れる様になったという設定なのですが、それまで全然話せなかった英語を、いきなり流暢に話せる訳がありません。でもハラは、人生最期の日に会いたいと思う程の人物、ローレンスと話がしたいが為に、きっと不器用ながら必死に英語を勉強したのでしょう。

なので、会話こそ成り立っていても、どこまでもたどたどしい英語でのセリフ。でもこれが実にリアルで説得力があり、その健気さや不器用さが、我々の涙を誘うのです。

このハラとローレンスとの、決して交わる事のない、けれども時代が時代ならきっと親友なれていたであろう2人の関係も、またひとつの愛情の物語なのでした。

 

名曲により昇華する映画の完成度

主題歌『戦場のメリークリスマス』は、その曲自体が素晴らしいのは勿論、映画内での使われ方も非常に秀逸です。

この曲がまず最初に流れるのは、映画の冒頭。戦争映画と身構えて観始めると、予想通り初っ端からハラ軍曹の粗暴なシーンが描かれますが、そこにいきなりクレジットと共にこの曲が流れるのです。美しくも切ない、あの有名なサビが惜しげもなく流れてくる。冒頭の映画の雰囲気と、なんとまぁミスマッチな事か!

しかしこのミスマッチが、観ている者にこの映画がただの戦争映画ではない事を伝えてくれるのです。暴力だけではなく、おそらく切ない何かが起こるであろう事を予感させてくれるのです。これだけで、映画の入りとしては最高級だし、大成功でしょう。

そしてやはりこの曲が1番輝くのが、前述したハラ軍曹とローレンスの最後の会話のシーン。処刑されそうだったローレンスやセリアズを助ける事となった、いつかのクリスマスの夜の思い出を語る2人。その背後で少しずつ、小さく曲の前奏が流れ始めます。そして、たけし氏の『めりぃくりすます、みすたーろーれんす!』のセリフの後にサビがどーん。そしてエンドロール。

はい秀逸ー。

これで泣かない人、いますかね?(2回目)

 

正直「えっこれで終わり?!」となってもおかしくない唐突な終わり方ですが、バックで流れ始めるイントロで(あ、これそろそろ終わるな)と思わせ、圧倒的に美しいサビが流れた瞬間に(はい終わりー!)と強制的に終わらせる事に成功しています笑。

そしてこの強引さこそが、観客を若干置いてけぼりにしつつも、分かりづらい愛情の物語を完結させる説得力になっているのです。

 

この物語の性質と、曲のバランスと取り入れ方。これらも全て計算通りだとしたら、やっぱり大島渚監督ってとんでもない策士ですよ。

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まとめ

主題歌『戦場のメリークリスマス』が名曲なのは分かりきっていましたが、今回この映画を観て、この曲が何故こんなにも人々に愛され続け、心を動かす様な特別な曲になり得たのかが、改めて分かったような気がします。

よく、良い映画には良い曲が不可欠と言いますね。同じ様に、良い曲には、良い映画、というか良い物語があります。

映画音楽ならその映画の中のストーリーだったり、それを観た人がそれぞれ感じ取った事だったり。映画音楽でない場合は、曲を聴いた人のその時の想いだったり、考えだったり、または思い出だったり。

映画音楽である『戦場のメリークリスマス』は、映画を観る前と観た後では、この曲に感じる美しさのベクトルが確実に変わってきます。

もちろん、この曲の持つ美しい旋律は、映画を知らなくても、この先もずっと色褪せずに、愛され続けるでしょう。

ですが、この曲と共に紡がれた物語を知った今、改めてこの曲を聴いたり弾いたりすると、美しい旋律の奥で、実る事のなかった愛情や絆たちが、ひっそりと輝くのです。それはこの曲の旋律と同じ様に、とても美しいけれど、とても切ない。

そしてそれらを感じるたびに、思わず呟きそうになるのです。

『めりぃくりすます、みすたーろーれんす』

と。